平城京歴史館再オープンと保存活動の歴史 |
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¥ ¥ 鹿くんのふ~んなるほど。。。
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┃ ┃ 知られざる奈良の魅力を語る
“ ”/ 今回は「平城京歴史館再オープン!」の巻
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平城遷都1300年祭期間中、58万人を集めた「平城京歴史館」が、先月23日再オープン。ゴールデンウィークにはさっそく大勢の来場者で賑わったのはうれしいかぎりだね。
平城京歴史館の目玉といえば、朱と白の見事なカラーリングに目を奪われる全長約30m、マスト高約15mの遣唐使船の復原展示! 遣唐使の歴史や渡航の様子などをアニメーションでドラマチックに再現する遣唐使シアター、壮麗・壮大な都の様子を最先端のバーチャル・リアリティ技術で再現した平城京VRシアターなんかも人気だよね。
平城京歴史館のコンセプトは、中国大陸・朝鮮半島との交流により発展した古代日本の国づくりの歴史、往事の文化・暮らしを、映像などを含めた展示物でわかりやすく知ってもらうことなんだ。
……なんてふうにいってるわけだけど、平城宮跡の保存活動はいまからさかのぼること、わずか100年ほど前に始まったものなんだ。
8世紀末、都が京都に移るや瞬く間に荒廃の進んだ平城京。9世紀半ばにはそのほとんどが水田になってしまったといわれるほどのありさまだったんだ。経済・文化の中心となる40万人都市として整備された平城京だったけど、荒れてしまうのはアッという間だったんだね。
再び宮跡に目を向ける人物が登場してくるのは、それから千年近くを経た江戸時代末になるんだ。その人の名は北浦定政(きたうらさだまさ/1817~71年)。いまの天理市にあたる大和古市の奉行所に勤めていた定政は、仕事の合間に手製の測量車を使って宮跡を測量、「平城宮大内裏跡坪割之図(へいじょうきゅうだいだいりあとつぼわりのず)」を作ったんだ。
次に登場してくるのが、奈良県の技師であり建築史家・関野貞(せきのただし/1868~1935年)。関野は宮跡を精密に調査、明治32年(1899年)、「大黒の芝」と呼ばれている場所が大極殿跡であることをつきとめるんだ。
そんな学問的研究をもとに保存活動に一生をかけて乗り出したのが棚田嘉十郎(たなだかじゅうろう/1860~1921年)だ。嘉十郎は、「平城宮址保存会」設立を皮切りに、保存活動に奔走、1910年には 「平城奠都1200年祭」を開催、私財を投げ打って跡地買収……と着実に成果を上げていくんだ。
残念ながら志半ばにして他界してしまう嘉十郎なんだけど、その労は報われて1922年、平城宮跡は「史蹟名勝天然記念物保存法」による史跡指定を受けることになるんだ。
これが契機となって保存活動が本格化していったんだね。
幸いにして、いまの奈良市街は平城宮跡の外京にあたり、そこが都市に発展したものだから、遺跡は荒らされることなく地中保存されていたんだよね。
その後、発掘調査&整備も進み、1952年、国の特別史跡に指定。さらに平城宮跡は1998年、世界文化遺産として登録された「古都奈良の文化財」の構成資産ともなるわけなんだ。
ともあれ、平城宮の復原はまだまだ始まったばかり。「平城京歴史館」といった施設に多くの人が詰めかけ、歴史や文化に関心を持つようになれば、そんななかから嘉十郎らの志を受け継ぐ人物も新たに登場してくるんじゃないかな。いままで以上にこれからへの期待も大きいよね。
【平城京歴史館】
□開館時間=9時~16時半(最終入館:16時)※月曜休館
□入館料=大人500円/高校・大学生250円/小・中学生200円
□問合せ=平城京歴史館(奈良市二条大路南4丁目)
0742-35-8201
http://heijo-kyo.com/rekishikan.html