平城宮跡・羅城跡見つかる |
研究所は京の内外を区切る城壁「羅城」にあたると判断。平城京の羅城で築地塀が確認されたのは初めてで、専門家は「都の正面玄関らしい立派な外観だったことがうかがえる」としている。
羅城門は京のメーン道路・朱雀大路の南端にあった。今回、門の基壇(土台)跡の西約40メートルで、柱を立てた穴(直径50~60センチ)6個が東西14メートルにわたって1列に並んでいるのを確認。築地塀の表面を装飾した柱列とみられることから、塀は羅城と判断したという。 さらに北側では内濠が東西67メートルにわたって見つかり、中から瓦片が数百点出てきたため、瓦ぶきの塀だったらしい。門の基壇跡の大きさなどから、塀の厚みは2・4メートル、高さは3メートルと推定している。
2005年には東約500メートルの下三橋遺跡でも羅城跡が見つかったが、木造とみられている。
今回同所からは祭祀に使ったとみられる土馬(高さ約15センチ、幅約11センチ)や銅銭が出土した。門が祭祀の場として使われていたとする平安時代の史書「続日本紀」の記述を裏付けるものとして注目される。
土馬や銅銭などの出土品は11月20日まで、橿原市の橿考研付属博物館で開催中の秋季特別展「仏教伝来」で展示される。