平城京六条大路、南北側溝を発見 |
◆ 大安寺旧境内を大路が「横断」裏付け?
昨年、現場の約50メートル西で南側溝とみられる溝を確認しており、北側にも新たに溝が確認されたことで、道
幅約15メートルの六条大路が境内を横断していた可能性がさらに高まった。
大安寺は奈良時代、藤原京にあった「大官大寺」が平城京遷都に伴い、現在地に移転し、金堂や講堂が並ぶ主要伽藍の南側に塔院が設けられ、東西塔が建立されたとされる。
南北の溝に挟まれた大路の中心線は、平城京内の過去の調査から想定される六条大路の中心線と一致。金堂などがあった北側の区画と、塔があった南側の区画の間を、側溝に挟まれた約15メートル幅の大路が境内を南北に分けていたことになり、境内を横切っていた可能性が高まったという。主要伽藍と塔院との間に六条大路が横断していたかどうか、長年議論されてきたが、今回の調査結果は六条大路が存在したとする説を裏付ける根拠となりそうだという。
南側の溝付近では、大量の瓦を捨てた12世紀ごろの土坑が見つかり、多色に彩られた奈良三彩陶器や高級硯「宝珠硯」の破片も出土。さらに南では、9~11世紀の掘立柱建物跡や井戸が確認された。平安時代以降における塔院の利用状況の一端がうかがえるという。
市教委は来年度以降も調査を続ける予定で、担当者は「大安寺の配置を考える上で六条大路は重要。存在が確定すれば、大路を取り込んで寺が造られたことになる」としている。
現地説明会はあす18日午前10時~午後3時。
問い合わせは市埋蔵文化財調査センター℡:0742-33-1821。