鮮やか創建時の扉絵=唐招提寺 |
奈良市五条町の唐招提寺で、金堂の扉に描かれていた創建当初の扉絵が、大山明彦・奈良教育大学准教授(絵画記録保存学)の調査でよみがえった。顔料はまったく残っていなかったが、堂内の彩色から顔料ごとの風化進度を調査、扉絵の風食痕と照らし合わせて復元した。早く顔料が落ちた部分ほど風化しやすく、わずかに残る凹凸が決め手となった。
扉絵は想像上の花を描いた宝相華文(ほうそうげもん)で、10枚ある扉の全面に描かれている。いずれも顔料が完全に失われ、江戸時代に別の文様が描かれていた。
解体修理で扉を外したところ、風食痕の凹凸で当初の文様が判明、一部の金具の下だけ奇跡的に彩色が残っていた。
大山准教授らは堂内に残る彩色の調査と復元図の作成を平成15年から進めており、奈良文化財研究所の協力で顔料も分析した。赤はベンガラ(酸化鉄)や鉛丹、緑は緑青などで、どの顔料がどれくらいの時間ではく落するかも調べた。扉絵の風食痕は顔料のはく落時期によって凹凸が異なると考えられ、堂内の調査結果を応用して復元図を完成させた。
濃淡を段階的に表現した繧繝(うんげん)と呼ばれる彩色で、一組の扉に20〜30個の花文様が並ぶ。堂内の彩色も含めて14点ほどの復元図が完成、報告書の発行までに20点以上仕上げる予定だ。大山准教授は「復元図があれば何百年も先に伝えることができる」と話している。 【奈良新聞 5/31】
上のカラー写真は6/22付け毎日新聞から。