良弁僧正・重源上人・公慶上人・執金剛神像と東大寺をはしご |
その背後には江戸時代の大仏再建に活躍した公慶上人像が祀られる。丸顔の小柄な体からよくも大事業を成し遂げた力が出たものと感じる位である。ただ、重源上人の影に隠れて今まで余り知られなかったのではないかという気がする。
法華堂(三月堂)の数多い諸像の後に祀られる執金剛神像も年一回の開扉とあって、これも多くの人で押し合いへし合いの状態。天平時代の塑造で彩色が美しく残る。現在、元結の先に銅心が露出するが、これは平將門の乱の時蜂の大群となって乱を平定したためと伝えられる。写真右。
最近は開山忌に併せて大釣鐘のある鐘楼の北に建つ俊乗堂も公開されるので、併せて詣る。扁額を掲げる式典が数年前にあった時参列したのを思い出す。平重衡の焼き討ちに遭い、焼失した大仏や大仏殿、一山を復興するのに尽力した俊乗上人(重源)の最晩年の風貌を伝えるという鎌倉彫刻の秀作で国宝に指定される。写真左。
一日でこれだけのお像を拝して奈良博へ寄って帰る。もちろんその他に戒壇院・大仏殿などもあるが、なにいつでも参拝できるワと思い引き上げる。
そうだ、大仏様はついこの間拝観したばっかりだナ。
写真出典:良弁僧正像〜佐保山堯海『東大寺』、重源上人像〜至文堂、日本の美術『鎌倉彫刻』、執金剛神像〜同 『天平の彫刻』、公慶上人像は手元に資料が見つからなかった。