4月「天平交流会」=菩提僊那1250年忌【大安寺】 |
菩提僊那は留学僧の求めに応じて奈良時代に渡来。大安寺を拠点に華厳経を広め、東大寺の大仏開眼供養では導師を務めた。
1250年御遠忌は「天平交流会」として来月3日と10日に開催。3日は午前10時から法要があり、今回のために描かれた菩提僊那御影(みえい)の開眼供養も営まれる。初演の新作狂言「菩提僊那」は参拝者が自由に鑑賞できる。
午後は東大寺に向かう菩提僊那の行列を再現。JR奈良駅前から東大寺南大門まで、天平衣装の約60人とウオーキングの参加者約100人が練り歩く。
10日は「天平交流市」で、東南アジアの料理や物産品の店が出店する。県立図書情報館では「菩提僊那と大安寺」をテーマに講演会があり、高木訷元・元高野山大学長と河野貫主、千田稔館長が講演。
講演会の参加は500円。往復はがきかファクス、電子メールで申し込む。問い合わせは同寺、電話0742(61)6312。 【奈良新聞 3/12】
◆また、東大寺でも4日五山に菩提僲那僧正御遠忌法要が大仏殿で営まれ、午後からは聖武天皇殿(南大門入って直ぐ右側)で聖武天皇・菩提僲那僧正、行基菩薩の各坐像の特別拝観が催される。
◆婆羅門僧菩提僊那坐像 霊山寺
天平8年(736)印度より来日された菩提僊那は霊山寺が釈迦の聖地霊鷲山に地相が似ているので名前を霊山寺と名付けるよう聖武天皇に奏上された。天平勝宝4年(752)東大寺大仏供養開眼師を勤め、天平宝字4年(760)2月25日大安寺にて遷化、3月2日登美山に葬られる。57歳。
昭和62年石塔及び埋葬地と伝えられる場所を発掘調査するも、没後500年供養塔であったり、埋葬者不明の石塔の出土であった。遷化1230年忌に際し富山県福光町善本秀作氏に楠木等身大の尊像の制作を依頼し、昭和63年5月15日東大寺、大安寺関係寺院により開眼法要を行う。同年10月23日1230年ご遠忌法要を行う。