特別展「清雅なる仏画」-白描図像が生み出す美の世界- |
展覧会では、関連する作例が数多く伝わる「玄証本図像」、詫間為遠筆の伝承を持つ「金胎仏面帖」を中心に、画僧や絵仏師によって著された図像をご覧頂きます。これらの図像には、単なる転写に留まらない独特の面趣が現れ、同時代の彩色された仏画と共通する表現上の特色や形態把握の感覚が見出せます。さらに、複数の図像を抽出し一図に再構成して描いた仏画に注目します。図像が単なる「ほとけの形」の継承に留まらず、構図や表現にまで新たな影響を与えた点を明らかにしたいと思います。線描で描かれた図像から生まれた、清雅な美の世界をお楽しみ下さい。
出陳品約65件一◉国宝◎重要文化財○重要美術品一
前期10月7日(日)~10月28日(日)
後期10月30日(火)~11月11日(日) ※会期中展示替が行なわれます。
【白描図像の美--図像の集積と解析-】
◎不動明王頭部図 仁安二年(1167) 石山寺蔵
◎十二神将図像 仁安三年(1168) 仁和寺蔵 前期展示
◎梵天火羅九曜図 文治五年(1189) 玄証筆 高山寺蔵
◎仁王経五方諸尊図 鎌倉時代 醍醐寺蔵
〇降三世明王図像 鎌倉時代 福岡市美術館蔵 前期展示
◎不動明王像 信海筆 弘安五年(1282) 醍醐苛蔵
【白描図像の展開】
◎華厳五十五所絵(不動優婆夷) 平安時代 奈良国立博物館蔵 前期展示
◎華厳五十五所絵(仏母摩耶夫人) 平安時代 根津美術館蔵 後期展示
◎華厳五十五所絵(弥勒菩薩) 平安時代 藤田美術館蔵 前期展示
◎十二因縁絵巻 鎌倉時代 根津美術館蔵 10月7日~11月4日展示
・烏獣戯画断簡 鎌倉時代 MIH0ミュージアム蔵 前期展示
【白描図像の絵画化と再構成】
◉善女龍王像 定智筆 久安元年(1145) 金剛峯寺蔵
◎大威徳明王像 平安時代 唐招提寺蔵
◎薬師十二神将像 鎌倉時代 桜池院蔵
◎釈迦如来及四菩薩像 鎌倉時代 風輸寺蔵
・諸尊集会図 鎌倉時代 東京国立博物館蔵 など
線描で描かれた「ほとけの形」の継承から、構図や新しい仏画への影響などを見る60展余りの作品が展示される。
60点余りの作品の中で来迎図に注目して多くを見て来た者として、「阿弥陀鉤召図」という平安時代の玄証筆の作品(52.7×98.6cm)に興味を持って見たので、ここで図録の図版と解説を紹介する。最近は部屋の中に物を置くスペースがなくなり、欲しい本なども買うのを控えているのだが、これは初見だったので思わず買ってしまった。
紙本墨画 52.7×九98.6 平安時代・12世紀
玄証筆 文化庁
首に縄が結ばれた僧侶を阿弥陀如来が引く、特異な白描図像である。阿弥陀如来は両手で縄を持ち、蓮台に坐す腰を引いてぐいっと力を込めている。右隣には勢至菩薩が縄の先端、僧侶を指さしながら腰をかがめている。二尊共に開口して歯と舌を見せる点が印象的である。画面向かって左側には僧侶と観音菩薩が描かれる。僧侶は目を閉じて顔を上方に向けている。首には縄が結ばれるが、阿弥陀如来の引く力に反発するように身体を反らせて坐り、両手足を前へ投げ出している。左脇に描かれる観音菩薩は、両手で蓮華茎を持ち、茎の先端を僧侶の腰に当てて押し出している。阿弥陀如来や勢至菩薩とは対照的に、口を「へ」字に結ぶ。動きを伴って描かれることがほとんど無い如来形に、大胆な動作を与えた本作品は、見るものに強烈な印象を与える。阿弥陀如来が来迎し、衆生を極楽へ往生させる様を、文字通り「引接」するイメージとして視覚化した作例である。時代はかなり降るものの、岡田為恭筆「摂取引接図」(個人蔵)も本作品と近しい図像であり、注目される。
本作品は、ユーモア溢れる独特な図像を伸び伸びとした描線で巧みに描いている。衣の描線は濃く、肥痩がある一方、肉身や蓮華茎の毛描などの細かな描写は、繊細で謹直な描線が用いられる。阿弥陀如来の螺髪、眉及び、二菩薩の垂髪と眉には濃墨が差される。本作品裏面には「玄証本」の墨書があり、玄証ゆかりの図像であることが分かる。本作品に認められる描線の特徴は、玄証の基準作とされる「先徳図像」(東京国立博物館蔵)や「梵天火羅九曜図」(高山寺蔵・作品番号25)にも見出され、玄証白筆の可能性が高いなお、本作品は高山寺に伝わったとされ、建長三年(1251)の『高山寺経蔵聖教内募言書目録』に記載される「阿弥陀鉤召一巻」との関連が指摘されている。また、本作品を反転させ、転写された図像が法隆寺に伝わっている。江戸時代の転写本とされるが、玄証本図像が後世まで評価の高いものであったことが窺える。
【裏書】
「第七□」「玄証本」高山寺印一別添)あり